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瓜田に履を納れ、李下に冠を正す(その3)
2013-09-09 Mon 03:07
「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その3)

 基本に忠実だった私は、手の爪を2日に1回は切ることにし、頻繁に歯磨きをすることにした。手の爪を切るのは、「さあ、この指を見て・・・」などとやったときに、被験者が「あっ、爪が伸びてるな」などと思ってしまうと、集中力をそがれてしまうから。歯磨きをするのは、被験者がデリケートな状態になっているところに口臭がしてしまうと、催眠誘導どころではなくなってしまうからだ。

 ということで、4時間目の授業が終わると、洗面用具の入った小さなバッグを小脇にかかえ、仲良し三人組で学食へ。そして、食事が終わると、そのまま食堂のある建物の2階へと移動。その建物は学校の「離れ」にあった。なぜにここで歯を磨くか。それは、この年頃、なんでも恥ずかしいもので、教室横のトイレで歯磨きなどしていたらめだってしょうがない。みんなに冷やかされるにきまっているのだ。だから、食堂の2階(普段誰も来ないところ)で落ち着いて用を済ますことにしていた。

 そういえば、教室のある校舎を出て、学食へと向かう道すがら、こちらの方をじろじろ見ていた人がいた。視線はぼくのバッグだ。同行の友達は
 「おい、みんなこっち見てるぞ!そのバッグのロゴ、"Washington"だろ、頭の"Whash"で洗面用具だとバレるぞ。バッグかえた方がいいかもしれんぞ」
 と忠告してくれた。
 友達も、洗面用具だと判明するのを気にしてくれているのであって、あらぬ嫌疑を受けようとは思いもよらなかった。

 そうして、毎食後には、離れの2階トイレで、三人組のうちの一人である私は歯を磨き、あとの一人は「大」の用を足し(これも教室横だと恥ずかしい)、あと一人はただただ二人についてくるだけ・・・という習慣ができあがってしまった。

 ずっと後になって考えると、これがひたすら怪しかったと思われる。「洗面用具ということがバレると恥ずかしい」と思っていたのが、ひょっとすると「タバコをしのばせている」のではないかと疑られたかもしれないし、わざわざ三人組で離れに行くのもおかしいと思われたかもしれない。

 そういえば・・・とさらに思い出した。この三人組に、仲良しの音楽の先生が「忠告」をしてくれたではないか。

 「最近食堂の建物付近から吸い殻が見つかった。職員室では、誰か生徒が喫煙しているのではないかと話題になっている。あんまりあの会館に寄り付かない方がいいよ・・・」

 と親切に教えてくれたのであった。でも、それを聞いた三人は「えー!タバコの吸い殻???」とびっくり仰天したものの、自分たちとはまるで関係ないので、「生徒がタバコなんか吸うのかなあ」と思ったくらいで、それ以上気にもとめなかった。
 ひょっとすると、この仲良しの音楽の先生も少しは僕たちのことを疑ってたかもしれない。

 今から考えると、この件は職員会議にかけられていたかもしれない。この三人組はとてもまじめだったので、「疑わしきは罰せず」で、ことを荒立てないようにしていたのかもしれない。当時は生徒と先生の間にも「気遣い」というものがあったのだ。そのような「気遣い」こそ、疑われていた証拠。愕然とする。

  「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その1) の、とある高校の先生の「李下に冠を正さず」という発言から、ここまでを一気に連想した。その連想はなんと15年めの連想だ。気づくのが遅すぎる。

 それからさらに歳月を経て、例の三人組のうちの一人(ただただ、離れについてきた人)といっしょに飲む機会があり、昔話のついでに上記のことを話し、あの行動を「喫煙」と勘違いされて疑われていたと思うと言ったら、その友達は「そうかあ?」と一言。「そんなはずないやろう」という表情をしている。「喫煙」と言われても、全く「その気がない」人にとっては、「自分が疑われるかもしれない」という発想そのものがないのだ。

 つまり、「瓜田に履を納れ」たら、ウリ泥棒と間違われるのではないかと心配する人は、少なくとも「ウリを盗む」という行為を意識している。もっと言うと、「このウリ、とって食べたらおいしいだろうな」と考える人もいるかもしれない。「盗って食べたら・・・」と考えても行動に移さなければ犯罪とはならないが、心のなかでそう思うからこそ、「いかん!ここで靴を履き替えたりしたら、泥棒と間違われる」と気づくのである。最初からまったく「その気がない」人は、「ここで靴を履き替えたら、疑われる」ということに気づくことができないのである。最初からそんなこと頭にないのだから。

 (その1) の冒頭で、
 真に清廉潔白な人は「瓜田(カデン)に履(くつ)を納(い)れ、李下(リカ)に冠(かんむり)を正(ただ)してしまう」ものだ。
 と書いたのはそのことだ。

 私が「瓜田に履を納れ」てから、もう40年という歳月が流れた。あのときの担任の先生は、すでに他界され、このことを確認することもできない。

  「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その1)
  「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その2)

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瓜田に履を納れ、李下に冠を正す(その2)
2013-09-08 Sun 03:43
「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その2)

 毎日のように催眠誘導をしていた私は、細心の注意をはらい、倫理規定をつくり「僕を弟子にしてくれ」と言ってきた同級生に、理論と注意事項、禁忌事項を教え込み、さらに誰かを誘導する時は常に同席させ、監視させることにしていた。
 (この件については前回の「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」 でふれた)

 このような徹底ぶりであったが、時々「番外編」のデモンストレーションをやったりもした。

 興味ある人20名ほどを集めて、教室で集団催眠をやることもあった、高校生は催眠感受性が高いので、その約20名のうちのほとんどが「後催眠暗示」に反応し、解催(催眠から覚めた)後、私が手を叩くと、みんな一斉に教室の窓を閉めるために走りだしたりする。「どうして窓をしめるの?」とたずねると、みんな「???」という感じで、きょとんとした顔をしている。そんな中、気の強い子は「寒いから」と理由をつける。(真夏で、みんな汗をかいているんだけど (^^;)
 人間、自分の行動にあとからもっともらしい理由をつけるものだということも、ここで勉強した。他にもたくさん考えることがあったが・・・、話がそれた。

 こういうデモンストレーションの場面は、先生たちがチラッと見ても「なんか楽しくやってるな」、とか「演劇の練習かな」と思ったかもしれない。当時、催眠の研究の他にも、生徒会活動をしてたし、演劇部の部長でもあったから、高校時代からけっこう忙しかったのだ。

 デモンストレーションはちょっとした息抜きともいえるが、それとは別に、毎日先輩・後輩に協力してもらって研究を深めていたことは前述のとおり。

 そのくらい、日々の生活が「催眠」と関わっていたので、冒頭に書いたような注意事項の他、他の基本的なこともきちんと守っていた。

 そのうちの一つが、「食後は必ず歯磨きをする」だ。
朝晩だけではなく、昼食後にも歯を磨く。気になる時は、催眠誘導前にも磨く。
また、手の爪は最低2日に一回は切る。
・・・ということについても、徹底させていた。

 だから、私はいつも洗面用具や爪切りの入ったバッグ(小脇にかかえる方式のもの)を携帯していた。

 そして、このバッグが原因で・・・

 またまた余談が過ぎて、長くなりすぎた。

 いよいよ次回は完結。(すると思う)
 次回は簡潔に。

「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その3)
「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その1)

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瓜田に履を納れ、李下に冠を正す
2013-09-07 Sat 00:55
「瓜田不納履、李下不正冠」(瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず)

 というのが本来のかたち。

 その意味するところは、「瓜(うり)の畑で靴が脱げてしまっても、そこで履きなおしてはいけない。なぜならウリ泥棒と間違えられかねないから。同じく李(すもも)の木の下で冠(かんむり)、今風にいえば帽子をかぶりなおしたりしてはいけない。すももを盗んでいるのかと勘違いされるから」
 要するに、他人から嫌疑を受けるような行動はするなということ。

 でも、真に清廉潔白な人は「瓜田(カデン)に履(くつ)を納(い)れ、李下(リカ)に冠(かんむり)を正(ただ)してしまう」ものだ。

 1990年のある日、とある高校の先生が一人の生徒にお説教をしていた。
事情はどうもこういうことらしい。
 ①校舎外にあるトイレ付近にタバコの吸い殻が落ちていた。
 ②全校集会で、「もしも生徒が喫煙した場合、その近辺にいたものも”連帯責任”で特別指導(謹慎処分に)する」という連絡。(疑わしきは罰す)
 ③個人面接その他で、②の件を再確認。
 ということで、個人面接やその他の機会を通じて指導を徹底するということだったのだろう。
 その先生は、件(くだん)の生徒との話の中で、最後に上記の話をし、さらにお説教をたれた。
 「他人に疑われるような行動は慎むように。 ”李下に冠を正さず”です!」

 そんな乱暴な!トイレに近づいただけで犯人扱いなんて・・・
 と、たまたまその話を聞いた私は、恐ろしくなった。

 その瞬間、自分の高校生時分の光景がフラッシュバック。

 ①卒業してまもなく、旧担任との会話の途中・・・
  旧担任「君はタバコを吸うかね?」
  渾沌「????????」
  私は天地がひっくり返るほどびっくりした。そんな質問はありえない。
  当時の私としては、「タバコを吸うか?」と聞かれることは、「殺人しますか?」とか、「君は万引きをするかね」などと聞かれるのと同じことだったからだ。
  先日まで担任だった先生だから、私が未成年であることは明々白々。この質問はありえないのだ。
  (大学生となった早々、下宿の管理者から同じような質問をされてびっくりしたのも思い出す)
 ②冒頭のとある高校の先生の話から、①を思い出し、さらに・・・
  「ひょっとして、高校時代、ぼくもこの生徒みたいに疑われていたのではなかろうか?」
  という疑念が生じた。
  そういうふうに考えをめぐらせば、私は高校生時代、瓜田に履を納れまくり、李下に冠をいじくりまわしていたような気がする。

 高校生時代、私は「催眠」の研究に没頭していた。
 心理学の専門書を渉猟するのはもちろん、催眠誘導をしない日はないというほど、実技の方もがんばっていた。(苦笑)
 先輩や後輩が協力してくれたお陰で、専門書にあることはほとんど確認していくことができたし、研究にあたっては、倫理規定を作成し、それを第三者に覚えこませ監視させるという念の入れようで、結果的にこの手法の効果はあった。
 当時私は超真面目人間だったので、校内で催眠のデモンストレーションをやっていても、先生たちは誰一人怪しむ人はおらず、むしろニコニコ笑ってその「実験」を見守ってくれていた。(普通、生徒がこんなめずらしいことをしていれば、教師は怪しんでストップをかけるものである)

 ・・・ところが、である。

 私は、それ以外に「怪しい行動」をとっていたのだ。

 まさしく、

 「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」

 だ。

 エチケットを守るために、あることを徹底しただけなのだが・・・

 この続きは、次回に。

  「瓜田に履を納れ、李下に冠を正す」(その2)

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敗軍の将は兵を語らず???
2013-07-17 Wed 00:34
「敗軍之將,不可以言勇」(敗軍の将は、以って勇を言うべからず)

 選挙戦などで惨敗したりすると、その党の幹事長などが「敗軍の将は兵を語らずだ」などと言ったりした。「兵を語らず」などと言うと、なんだかかっこよく聞こえるし、言い訳もしなくてすみ便利なのは確かだが、下の 『淮陰侯列傳』 からの引用を見ていただければおわかりのとおり、本当は「勇を言うべからず」 というのが正しい。

 選挙戦であれ、野球のペナントレースであれ、あとで実戦を振り返って、敗因を分析するのはよいことであって、「兵を語る」のはむしろ奨励されるべきだろう。

「臣聞敗軍之將,不可以言勇,亡國之大夫,不可以圖存。今臣敗亡之虜,何足以權大事乎!」

臣聞(き)く、敗軍の将は以って勇を言うべからず。亡国の大夫(たいふ)は以って存(そん)を図(はか)るべからず。今、臣は敗亡(はいぼう)の虜(りょ)なり。何(なん)ぞ以って大事を権(はか)るに足(た)らんや。

 漢の将軍韓信が、「背水の陣」を布いて趙の国を破った時に、「広武君は殺すなと命じて、千金の懸賞をかけて生け捕りにした」ということは、前回の「背水之陣2(背水の陣/絶対に用いてはならない戦術)」で述べたとおり。広武君は名高い兵法家であった。

 韓信は、広武君を先生として尊び、今後の軍略を尋ねた。
 「私は、これから北方の燕を攻(せ)め、東の斉を討伐しようと思います。どのようにすれば成功しますか?」

 その返事が、上の「不可以言勇」(以って勇を語るべからず)。

 注意点は、「べからず」。これは「勇を言ってはいけない」ということではなく、「言えない」という意味。敗戦によって捕虜となった身で、今後の軍略を語るほど図々しくないということである。

 蛇足になるが、漢文の「可~・不可~」「~べし・~べからず」と訓読するが、その意味は、
 状態を考えたうえ、「これならできる・これではできない」と認定する表現である。(または、状態をよく見定めたうえ、「これならよい・これならだめだ」と認定する表現)

 論語の「民可使由之、不可使知之」(民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず)- の「知らしむべからず」というのも、「知らせてはならない」という意味ではなく、「知らせること(理解させること)はできない」という意味である。
 →
「儒家と墨家 - 漢字家族」を参照!

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背水之陣2(背水の陣/絶対に用いてはならない戦術)
2013-07-14 Sun 16:44

【背水之陣】 背水之陣2(背水の陣/絶対に用いてはならない戦術)

 「背水の陣」を効果的に用いて大勝利をおさめたのは、漢の総司令官 韓信将軍 である。

 漢の功臣の中でも、三傑といえば、①参謀の張良(チョウリョウ)、②漢の民生家であり、戦時には後方でいっさいの補給を担当した蕭何(ショウカ)、③総司令官の韓信(カンシン) のことである。
 「漢の三傑」と呼ばれるが、中国史上最もすぐれた三人であることに異論はないだろう。

 そのうちの一人、韓信将軍は、②の蕭何に「国士無双」と呼ばせたほどの天才である。が、この作戦を用いた時期は、まだそこまで人々に認められていたわけではなかった。むしろこの「背水の陣」こそが、彼の華々しいデビューと言うべきであろう。

 この韓信将軍、軍事の面においてはその天才を発揮するが、どういうわけか政治感覚の面で欠けるところがあり、それが彼の弱点でもあり魅力でもある。数々の功績を残しながら、最後には強欲な劉邦や呂后に殺されてしまう。しかも本人だけではなく「三族皆殺し」という酷い刑罰であった。
 最期に「狡兎(コウト)死して良狗(リョウク)亨(に)られ、高鳥(コウチョウ)尽きて、良弓(リョウキュウ)蔵(かく)し、敵國破(やぶ)れて、謀臣亡(ほろ)ぶ」と悟ったが遅かった。
 『狡兔死、良狗亨、高鳥盡、良弓藏、敵國破、謀臣亡』
 
 さて、そのまだ無名に近かった韓信将軍が、魏を陥落させた後、趙に向かった。趙王歇(アツ)の軍勢は三十万の大軍、宰相は成安君陳餘(セイアンクン・チンヨ=陳余)。対する韓信の兵力はたったの三万。その差は歴然としている。

 しかも、韓信の軍は、これから千五百メートル級の太行山脈の合間を越えなくてはならない。また、その途中は岩石のそそりたつ険阻な山道ばかりで、「井陘口」(セイケイコウ)という、馬車を並べて走ることも出来ないような狭い谷間を通らざるをえない。これは致命的である。なぜか。それは、次の広武君李左車(コウブクン・リサシャ)の言葉を聞けば分かる。

 趙の軍師である李左車が、陳余に進言した。
 「井陘の道は、車は二列に並ぶことができず、騎兵も列をつくれません。行軍は数百里の長さとなり、輜重(シチョウ・軍隊が必要とする兵器・食糧など)は、はるか後方に遅れるでしょう。私に三万の騎兵を与えてください。そうすれば間道より抜けて敵の後尾を襲います。さすれば敵は進退きわまり、飢え疲れて死んでしまいます。十日以内に韓信と張耳の首を取ってご覧に入れまする」

 このとおりやられてしまうと、どうしようもない。しかし、韓信は敵地に忍ばせてあった間諜から情報を得ていた。広武君李左車の進言は容れられなかった。儒家の出身で実戦のわからない陳余に退けられたのである。
 「わしは詐(いつわ)りがきらいじゃ。あくまで正道でまいろう」
 儒者でええかっこしいの陳余は言った。

 「しめた!」とばかりに、韓信は安心して井陘口を通ることができた。
 ようやく山脈の中心部を突破して、東の大平原が見えてきた時、韓信は諸将を幕下に集めて策をさずけた。
 まず、二千の兵を山ぞいに進ませ、趙の防壁(前線のとりで)の見えるところにひそませた。兵には二千本の赤旗(漢軍のしるし)を持たせておく。
 まだ夜明け前であったが、本隊の兵にかんたんな食事をさせ、
 「今日は、趙軍を打ち破ってから朝飯にしよう!」
 と言った。
 これを聞いて、他の将軍たちはあきれてしまった。これから、あの大軍にこの小部隊でたちむかうというのに「朝飯前に敵を破るだと?」ほらを吹くのもいいかげんにしろ。と誰も韓信の言葉を本気にしなかった。

 韓信は「朝飯前・・・」の演説の後、主力の軍を進ませ、川を背にして陣を布(し)いた。これが夜明け前。
 この様子を見た、敵の将軍たちは大笑い。水を前にし、山を背にするのが布陣の基本である。「韓信は兵法の初歩も知らない」とあざ笑ったのであった。

 一方、韓信は感心にも自ら先頭に立ち、大将旗を高だかと掲げ、手兵をひきいて趙の大軍の正面に打って出た。

 趙の方では、兵力に圧倒的な差がある上に、敵の大将は素人だとバカにしている。なめきっているから、「ひともみにもみつぶしてくれよう」とばかり、とりでの入口を開いて、どっと大軍を繰り出した。大将が自ら先頭に立つなど前代未聞、手柄はいつ取る?今でしょ! と城を空にして全将兵が大将首をめがけて突撃した。

 韓信は引いた。わざと逃げたのである。これも作戦のうちだから本当は強いのだ。ついに主力の線まで下がる。主力軍の兵たちは、後ろが川だから、これ以上一歩もひくことができない。必死に踏み留まって抵抗する。

 その時、山中の伏兵が、趙のとりでが空になったのを見て、どっと防壁を突き破り、壁上の趙の旗をなぎ倒し、いっせいに漢の印である赤旗を立てめぐらせた。二千本の赤旗がひらめいて揺れる。

 必死に抵抗する漢軍にてこずっていた趙の兵たちは、趙のとりでに赤旗がひらめいているのを見て絶望した。
 「あれー!趙は負けてしまった。お城はすでに漢に占領されてしまったぞ!趙王はすでに虜になってしまったんだ」
 と、趙軍は浮き足だし、乱れに乱れて、皆遁走してしまった。

 こうして韓信は、趙王を捕え、趙の宰相陳余は乱戦の中で戦死した。ただし、韓信は趙王の一族である広武君は殺すなと命じて、千金の懸賞をかけて生け捕りにした。
  「敗軍の将はもって、勇をいうべからず」(臣聞敗軍之將,不可以言勇,亡國之大夫,不可以圖存)

 一日の戦いが終わって、諸将が続々と韓信の幕舎に集まってきた。

 諸将は聞いた、
 「兵法には、山稜を右背に控え、川沢を左前にして陣す-とありますが、大将軍は、我らに川を背にして陣を張らせて『明日は、趙を破ってから朝飯にしよう』と申された。我らはみな、ふしぎな戦術よ、と腑に落ちず、心中不服でござった。しかるに今日の大勝、これは何と申す戦術でござりまするか」

 韓信、答えて曰く
 「これも兵法にあるのじゃよ。-これを死地に陥(おと)してのち生き、これを亡地に置きてのち存す-とな。わしは新参の大将にて、子飼いの将兵もおらず、市井(シセイ)の民を駆り出して戦わすようなものじゃ。さればこそ、わざと将兵を死地に置いて、人びとそれぞれの才覚に任せて戦わすほかなかったのじゃ。もし万全の策をとっておれば、皆とっくに逃げておったであろうよ」

 種明かしは、韓信が答えたとおりである。
 だが、間違ってはいけない。
 「死に物狂いになったから勝った」のではない。
 「背水の陣」は、烏合の衆がちりちりバラバラにならないようにするための一つの方策であり、戦術のうちのほんの一部なのである。
 韓信としては、別働隊が奇策(赤旗をはりめぐらせる)をやり遂げるまで、少しの間(兵士にしてみれば長い戦闘だが)持ちこたえてくれればよかったのである。また、敵に「侮りの心」を生じさせる作戦でもあったのだ。
 「必死になって闘う」というのは、作戦のうちのほんの小さな一要素であり、この一要素だけを頼りにして全軍の運命をかけるということは絶対にありえないことだ。だからその場面だけを見て、本当の策戦をしらなかった人々は韓信をあざ笑ったのであった。「兵法の基本も知らない」と。

 けれども、本当に兵法を深く理解しているのは韓信の方だった。他の人々は「兵法」をマニュアルとして、表面だけなぞるやり方で勉強をしていたのに対し、韓信は兵法を深く読みこみ、その真髄を理解していたからこそ、応用問題が解けたのである。

 テキストの表面だけサラーッと拾い上げ、形だけ真似をするやり方だと、「生兵法は大怪我のもと」どころか、時としては「致命傷」となる。

 韓信は、いくつかの条件が重なって、しかたなく「背水の陣」を布いた。しかもそれを「致命傷」にしない、有効な策を縦横無尽にめぐらせて、その効果を最大限に引き出した。

 韓信以外の人が、「背水の陣」を布くのは感心しないし、ただのやけくそ戦法で玉砕するのみ。絶対に用いてはいけない戦術です。

 →背水之陣(背水の陣/絶対に用いてはならない戦術)

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